2018-03-27

田舎に住んで考えた②「何もない」って何がないの?

都会と田舎の2拠点を持つパリのアーティスト

ポールコックスというフランスのアーティストがいるのだけれど、この間、日本初の作品集が出ていたので買ってみた。

北陸新幹線のポスターを作った人、と言ったらイメージが湧くのかな?
日本でもたくさん仕事をしてる人だ。この人の色使いが好きで、ポップだけどポップすぎない手作り感の伝わる、温かみがある作品。

どうしてこういう素材感が伝わるのかな?と思ったら、ステンシルという手法など手作業を多く用いているらしい。手作業で版を作り、手作業でプリントしたものをパソコンにスキャンして色付けをしていく。→こうすると質感が残って素朴さが出る。なるほど!
「手作業のバイブレーション」が出る、というコメントが書いてあって、面白いな、と思った。バイブレーション、大事。私もやってみよう。

で、このフランス人の作品集から、どうして「田舎」というタイトルになったかというと、このポールコックスは、パリとブルゴーニュの2拠点にアトリエを持っている、ということが書いてあったから。農家を改装してアトリエを持っているらしい。

都会のアトリエと田舎のアトリエを往復しながら、作品作りをしているのだ。
しかもパリから高速で1時間半、ちょうど、私の住む笛吹市と東京の距離感と一緒!そして、「ブルゴーニュ」と言えばワイン。山梨と言えばワイン。一緒じゃん!という安易な発想。(笑)(でもこういう偶然か必然か、の条件って実は大事だったりするものだよね)

私がまだ東京に住んでいる時から、こういう話はよく聞いた。アーティストをその土地に誘致して作品制作をしてもらう「アーティスト・イン・レジデンス」もよく聞かれる。

※アーティスト・イン・レジデンスについてわかりやすく書いてある。→http://artscape.jp/focus/10138877_1635.html

茨城県の「アーカスプロジェクト」、山口県の「秋吉台国際芸術村」、青森市の「青森公立大学国際芸術センター青森」、福岡市の「福岡アジア美術館」などの名前が上がる。

「広々とした土地があっていいよね。」
「田舎のいい空気と自然、創作活動にはもってこいだよね。」

でも田舎に住んでみて、どうやらそれだけではない、ということも感じ始めた。逆に田舎から都会に出てきました、という人ならその感覚はとうの昔から知っていたのかもしれない。

それは、
「田舎には何もない」ということだ。

「何もない」って何がないの?

本当にこのセリフよく聞くんです。
地元の方に、東京から来ました、というと、
「どうして山梨に来たの?何もないのに。」と半分冗談混じりの笑顔でよく言われる。

最初は、どうしてそんなに謙遜するのかな?と思いつつ、都会に対するイメージから来る劣等感なのかな、という感想。でもどうも引っかかる「何もない」という言葉。
こんなに大きな山があって、桃や葡萄がたくさんあって、子供達が遊ぶ公園も大きい。
確かに、東京に比べたらお店の数や人の数は少ないけれど、イオンモールもあるし、山梨のスーパー「いちやまマート」は東京にもなかなか無い素晴らしいスーパーだ!東京に負けないくらい美味しいパン屋さんだって見つけた。生活に困ることってそんなにない。

じゃあ、何もない、っていう感覚はどこから来るんだろう?

思いがけずカーリング娘の言葉に「はっ!」とした

そんなことを考えながら暮らしていたある日、オリンピックで銅メダルをとった女子カーリングチームが、地元に帰って大歓迎を受けた時に喋っていた言葉に、そのヒントをもらった。

カーリングの町として有名な常呂町の子供達に向けた言葉。吉田選手だったと思う。

「正直この町、何にもないよね」と笑いを誘ったあと、
「(私も)この町にいても絶対夢はかなわないと思っていた。だけど、今はこの町にいなかったら夢はかなわなかったな、と思う」と涙ながらに話していた。

出た!何もない発言!!でも待てよ、吉田選手にとっては、何もない町ではなかった訳だ。それは、なぜならオリンピックでメダルを取る、という夢をこの町にいたからこそ叶えられたから。じゃあ、何があったの?と考えたら、あったものは、

「夢を叶えられたこと」

でしょう。

なんだか、この一言はすごく納得させられてしまって、私が聞いていた「何もない」は、「夢が叶えられない」のことだったのかぁ。と。

人が少ないから選択肢が少ない。学校、就職、習い事、すべてにおいて。

道路整備、車の普及などにより、小さな商店街などは人が来なくなり廃れている。商売をするには、相手にする人口が少なすぎる。

夢を叶える為に東京など都会に行く、その選択肢から来るものなのかもしれない、と思ったんです。

東京=夢が叶えられる、なんてことはない。いや、ある?

確かに、東京にはチャンスがいっぱいあるのかもしれない。
新しいものを受け入れる土壌がある。人口も多いから、それだけ多様な人が集まっている。
ワクワクするものや刺激が詰まっている。
DJをしていた頃は、そのギラギラとした世界にどっぶり。悪さもしながら、ここで得た経験もまた貴重なもの。

食べることが大好きな私にとっては、小さい個性的なお店が多くあるのも、東京の魅力。築地、銀座界隈の老舗は、東京の底力とパワー、粋を感じる。

でも、夢を叶えられた人なんて一握り。
叶えられずとも、そのワクワクにしがみつき、日々の生活を送る人がたくさんいるのも、また東京の力なのだ。

私は、夢を叶える為に東京を離れた、と思っている。これから本格的にお店作りをするにあたって、東京じゃないな、という直感に従った。

私にとって、東京はちょっとゴチャゴチャしすぎている。もうお腹いっぱい。居るだけで、自分が何かを成し遂げているような錯覚に溺れる。

だから、私は一見「何もない」ところに来たのだ。そこから何かを発見することの方がよっぽど面白いと思ったから。

そしてちょっと離れて東京を見ると、何が面白くて何が面白くないのか、自分で判断できるようになった。それもまた良い感覚。
あとは、わざわざ東京を離れる変わり者、として私を思い出して訪ねてくれる人がちょいちょいいるのが、嬉しいこと。

でも、山梨の人になる、という気も別になく。東京には実家もあるし、ちょくちょく行くし、離れたと言ってもちょうどいい具合に行ったり来たりするのがいい具合。

こういうのをオルタナティブ、っていうのかしら。田舎の人でも都会の人でもない。ハイブリッドな移住。そのスタンスが私たち夫婦には合っていると思っている。子供たちの学校問題とか色々あるけど、まぁ、それは子供たちと考えよう!(オルタナティブにありがちな能天気さ!)

そうそう、東京にいなくとも、タイにだってフランスにだって飛んでいく笛吹市のアーティストがいますよ。彼らが最高だ、ということも付け加えておこう!

スティルイチミヤ 最高〜 映像も音楽も全部自分たちで作れる集団。

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